山の上ホテルの社長・吉田俊夫はいつも濃紺の背広を来ていた。
気に入ったデザインを30着造らせた。それがひそかなダンデイズム。
知る人ぞ知るダンデイズム。実にさりげない。決して目立たない。
けれども本当のお洒落であった。「お客さんにわからないようサービスせよ・・」
人もそう、好きになったらとことんすきになる。そして厳しくもなる。
ホテルの従業員は家族同様。思いっきり愛してそして叱った。
各地の一流ホテル・・といっても設備や装備によるのではなく
温かくでしゃばらないホスピタリテイを謙虚に学んでこいと
出来る限りの機会を与えた。
吉田は出来合い・・・インスタントが大嫌いだった。
自前が大好き。自前の料理そして自前の社員。
このホテルを守っていく事が任務。守るといえば弱気に聞こえるけれど
それは景気などに関係のない事。守る事こそポジテイブな経営だ。
守る事は積極的な姿勢そのものなのである。
「食こそ美の美であり、これに比すれば、美人など数段下がります。」
というぐらい、食べる事が大好きで、また食べるのが恐ろしく早かった。
活字にされていない旨い店をさがすのも大の得意であった。
牛肉を自分の手でいじってその良し悪しを判断した。
吉田が極上の肉で作る牛丼は絶品だったといわれる。
ここを常宿にしていた山口瞳
「一番というのは一番上等という意味ではない。
一番好きだといったほうが良いかもしれない。」
「こっそり教えるがステーキガーデンの食後のコーヒーが美味い。
8杯お変わりした客がいたという。夏なら冷たいコンソメがよい」
昭和文壇のお歴々が常宿にしていた山の上ホテル。
作家さんたちは、ここのホテルの料理のうまさを堪能しながら
料理人に好意と信頼を寄せていた。料理人の人柄に惚れていた。
それはてんぷらを揚げ、ステーキを焼く人たちの背後にいる
小さなホテルの経営にいのちをかけた吉田の好意であり信頼であった。
このホテルの存在に、なんか・・・・私ははまってしまった。
小川酒店もこんな志を持ってやっていこう。一番上等でなくても
一番愛されるお酒を売らせていただこう。そう思った。